日本の宇宙開発の未来

1990年代、東京大学大学院の研究室で、中須賀教授と山﨑飛行士は共に宇宙を夢見ていた。新たなフロンティアに踏み出した人類について。また、そこでの工学や技術の醍醐味とは。日本と世界の宇宙開発の現場を伺った。

■技術の醍醐味は、いつか花開くこと。
──今後、チャレンジャーのような事故が起きないようにすることはできないのでしょうか?
山崎 ── スペースシャトルの場合は結局、135回飛行して2回、チャレンジャーとコロンビアの大事故が起こっている確率ですから、70分の1弱という値です。それを飛行機並みに定常運行するには、まだかなりのハードルがあります。

ただ、100%の機体はどうしても望めないんですね。それこそ運用でカバーする世界で、何か起こっても一応は脱出できる、安全になる手段を取りましょうという方向です。ロシアなどでは「アボートシステム」があって、ロケットに不具合があって壊れてしまっても、人が乗ったカプセルだけ飛び出して無事に帰還できるシステムがあります。おそらくそういったかたちで、運用面で安全性を高める方向ですよね。

中須賀 ── 神様じゃない、人間が作っているんだから、100%のシステムってあり得ないんです。何が起こっても必ずバックアップするとか、あるいは人間が安全に逃げられるとか、そういう風にやらざるを得ない。それをやる場合も、そのシステム自体がまた100%ではないから、どこまでいっても永遠に100%はないですよね。

宇宙開発の現場では、そうした事故が起こった時にどういう態度を取るかが大事です。アメリカでは「この犠牲を無駄にするな、ここでやめたらこの犠牲は意味がない、だから先に行こう」となるんだけど、日本もそこまで踏み切れるならば、有人宇宙開発をやるべきだと思います。

山崎 ── なかなかそこを踏み出せないのは、日本では責任を取れる人がいないからではないかという議論がありますね。やっぱり、やりたいと思う人がやるしかないのかなという気がします。

宇宙ステーションに2週間滞在するとか、長期になるとコストが高いです。でも宇宙旅行の数時間のフライトに関しては、2,000万円弱。世界ですでに700人ぐらい申し込まれているレベルにコストが下がってきています。行く人が増えるほど安くなるので、案外、そういったところから道が開けるのかなと思います。

中須賀 ── 行きたい人が行って、それをちゃんとビジネスにしている人が生まれることに対して、あまり国が規制しないことだと思いますね。

山崎 ── 規制をせず、何かあったときに損害賠償的な、ある一定限度を超えた時は国がそこを守りますという、盾になってくれる制度ができると進むのでしょうね。

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──日本の場合、宇宙開発と軍事開発が切り離されるのも影響しているのでしょうか。

中須賀 ── 日本でも、今は安全保障*25というものを国が宇宙開発と切り離すと言っていないんです。アメリカは宇宙開発の予算が多いと言っても、ほとんどが軍事予算ですね。そこで新しい技術を開発して、民間に流れていく流れがあれば、民間の技術リスクが減るわけですから。

ただ、もちろん宇宙を兵器として使うことに対して抵抗がありますよね。防衛のための偵察などは、ある良識の範囲内でやればいいんだろうと個人的には思います。日本はこれまで非常に神経質になっていて、軍と宇宙は完全に分かれていて、宇宙になかなかお金が使えないところがありましたが、それが少し法律で変わりました。
防衛予算で開発したものでも、平和転用して人間の幸福につながるような仕事はできるはずなので、そこはこれから慎重に考えていくべきだと思いますね。

──日本の宇宙開発の未来について、ご意見がありましたら。
中須賀 ── 国のお金はどこも限られていて、今の日本はアメリカの20分の1ぐらいしか宇宙予算がないにも関わらず、アメリカと同じようなことを全部やろうとしているから「選択と集中」をせざるを得ません。

だから、宇宙に使えるお金を増やすために、日本では民間を取り込めばいいと思うんです。民間が宇宙に喜んでお金を出せるような仕組みを作っていくことが大事なので、それを真剣に考えたいと思います。民間が投資しないのなら、宇宙は要らない世界なのかもしれません。

宇宙って人気があるようで、意外と人気が低い分野なんですね。アメリカなどは常にそれを意識しながらテレビで放映したり、いろんなことで世の中の人がサポートする道を作っていますが、日本ではまだその意識が弱くて、僕らが頑張らなきゃいけないです。宇宙でこんなことができるよ、だからいろいろな人に参加してください、と。公的な立場の意見はそうですね。

研究者としては、自分が好きなものづくりができたらいいのですが、まあそれだけ言うわけにはいきませんから。

──JAXAとNASA、日米の現場を体験された山崎さんは、日本の宇宙開発をどう見ていますか。
山崎 ── みんなが宇宙へ行くために、政府の宇宙政策委員会*26でも活動していますが、まだまだ日本は短期的にものを見ているような気がします。この5年、10年とスパンを区切り、集中的に量を拡大してやっていくことはもちろん大切なことですが、その裏では、宇宙の分野だけでなく、他の分野とも連携しつつ、「日本として長期的にこうした世の中にしたい」というビジョンがないといけないのかな、と。

中須賀 ── これはビジネスの芽があるからやるんだ、という民間の宇宙開発はあっていいと思うんです。でも、宇宙をどう利用していくかは、日本はこれからどういう国になっていくのかという議論と結び付きが強いんですね。日本がどんな国になっていくかを、もっとビジュアライズしないといけません。そこからの演繹で、先ほどの軍事利用の話も含めて、宇宙がどうあるべきか出てくるだろうし。今は日本がどんな国になっていくのかのビジョンが全然ないから、そこは日本人全員がもっと考えるべきなのでしょうね。

山崎 ── 科学技術全般がそうかもしれませんが、結果がすぐに見えにくいのは、宇宙開発も全くそうだと思います。それでも地道に研究を積み重ねれば、どこかで花開くことがあるのが、技術の醍醐味です。

アインシュタインの一般相対性理論などは、まさにそうですよね。夢物語と思われた理論がもう実用化しています。例えば今、GPS衛星は地球の周りを秒速8kmを超えるスピードで回っています。光速には全然およびませんが、その理論の影響は十分に受けるんですね。年間数秒単位で時計が違ってくるので、常に補正しないと正確な位置情報が計算できませんから。

だから、今すぐではなくても、他の周辺の技術が発達することで、思いがけないところで結び付いて実用化されるんですよ。宇宙と他の分野って、今まで接点があまりなかった分だけ、これからどんど繋がっていく気がします。そういった繋ぎ役の人が増えていかないといけないですから、先生の研究室から生まれてくれるといいなと思っています。そして繋ぎ役の人を応援出来るようにしたいです。

つづく

記事提供:テレスコープマガジン

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