日本の宇宙開発の未来

1990年代、東京大学大学院の研究室で、中須賀教授と山﨑飛行士は共に宇宙を夢見ていた。新たなフロンティアに踏み出した人類について。また、そこでの工学や技術の醍醐味とは。日本と世界の宇宙開発の現場を伺った。

■小型衛星にかける情熱。
山崎 ── 先生が小型の人工衛星を研究し始めたきっかけは、どんなことだったんですか。

中須賀 ── 90年代末、スタンフォード大学に数か月いたんです。研究室に行くと学生が何か作っているんですね。聞いたら「人工衛星」だって。これは模型だろう、まさか飛ばないよね、と思ったら「3か月後に打ち上がります」と。
それまで僕は、人工衛星はクリーンルームで、大型の立派な設備を使って作るものとばかり思っていました。それが、それなりにちゃんとした設計だけど、ものすごく小さい衛星を気軽に作っている。驚いたと同時に、日本のほうがいいものが作れると思ったんです。

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山崎 ── そこから「缶SAT」が生まれたんですね。

中須賀 ── そうですね。99年の春に話がまとまって、秋にカリフォルニアの砂漠での実験がスタートしました。地元のアマチュアロケットグループを探して「とにかくこれをある高度まで上げてくれ」と頼んだんです。その年の9月に缶SATを3機持っていって、彼らのロケットに3機載せて、地上4kmまで打ち上げました。その高さからパラシュートが開いて落ちてくるのに15分ぐらいかかるんですが、その間に人工衛星と同じような実験ができるんですよ。
人工衛星はいったんロケットに渡したら、何もできない「非修理系」なのが特徴です。地上のコンピュータやクルマなら、壊れたら止めて簡単に故障を確認できますが、人工衛星ではそれができません。遠くからコマンドを打つことはできても、そばで修理するのは不可能ですから。

缶SATでは「ああやっておけば良かった」という後悔がいっぱい出てくる。学生が失敗を経験して、痛さを知りながらエンジニアとして成長していくのが大事なプログラムなんです。

山崎 ── 打ち上げはどんな様子なんですか?

中須賀 ── ロケットを提供してくれるアマチュアグループと非常に仲が良くなって、毎年の実験が本当に楽しいんですよ。NASAの人だと思っていたら、八百屋の親父さんとか、スーパーの店主とか、普通の会社員とか。医者もいるし、大金持ちもいます。そういう人たちが手づくりで作るロケットが、また立派なんです。

山崎 ── 憧れてしまう環境ですね。

中須賀 ── 特にお金持ちはスゴい。巨大なトレーラーハウスを持っていて、その中にロケット工場の設備が収まっている。それだけじゃなくて、ベッドもあるし、バーもあるし、お風呂ももちろんある(笑)。

アメリカ人は、本当にものごとをエンジョイする達人だって思います。日本ではちょっと考えられないな。

山崎 ── アメリカではスペースシャトル引退後、人が乗る宇宙船を作ろうという民間会社がありますね。先ほどのトレーラーじゃないですけれど、PayPalの創設者イーロン・マスクさんが設立したスペースX社は、飛行機の工場を買い取って、そこを宇宙船用に改造しています。

中須賀 ── やる人の意気込みというか、情熱がハンパじゃない。そういう人がいないと宇宙開発はグッと伸びていかないです。病気を治すのとは違って、やらなくてもいい世界ですから。本当に先端に立って切り開いていくのは、もしかしたら国ではなく、そんな宇宙好きで実行力があってモノにつなげられる人かもしれません。

山崎 ── 日本でもそういうやる気を持った大学や民間の会社が今ありますよね。サービスの展開を目指す有限会社国際宇宙サービスや、中須賀先生の卒業生が立ち上げたアクセルスペース社も。

中須賀 ── そうですね。でも、宇宙ってやっぱり敷居が高いんですよ。ちょっとアイディアを出して何かをやるというわけにはいかないし、モノを作るだけでもダメ。衛星を打ち上げるロケットを探さなきゃいけない、周波数も取らなきゃいけない、手続きが山ほどあります。それをやれる気合い、やりたいという気持ちがないとできません。だからこそ、本当に強いモチベーションを持っている人じゃないといけないんです。日本に必要なのはそういうマインドを持った人材ですね。

──ビジネスにどう結び付くかの視点は必要ですか?
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中須賀 ── 両方のことが言えると思います。

僕らは国から科学研究費補助金などの予算を取ってきて作るんですが、最初の1機目、2機目は面白いからとお金が来るけど、3機目、4機目となると、いつまで同じことをやっているんだと来なくなる。

早く衛星を実用化して、ビジネスで生まれたお金で次の衛星を作るのは、民間の研究開発だと普通にやっている世界です。宇宙はこれまでずっと国のお金でやってきたのでそうではなかったですが、社会貢献して得たお金で次の衛星開発ができるというような、お金が回る仕組みをつくらないといけません。

ただ、ビジネスである衛星と、面白いからやる衛星は、違っていいんです。地球を写真に撮ることがビジネスにとっては大事なんですが、僕らとしては、深宇宙に行って「はやぶさ」みたいな探査をする衛星とか、月に着陸する衛星とか、技術的にトンがった衛星を作りたい。

確実に作って動く衛星で稼いだお金で、先に技術を伸ばしていきます。今度は先に伸びた技術が、その次の代の確実に動く衛星に戻ってくる。こういうループを回すのが理想なので、小さな衛星を題材にそういう世界を作りたいですね。宇宙ステーションから衛星を放出することも始まりましたから。

山崎 ── 地上で作った衛星を、日本の補給船「こうのとり」で宇宙ステーションまで打ち上げ、そこからエアロックを通じてロボットアームで放出するものですね。日本が持っている技術要素をフル活用して、日本製の小型衛星を宇宙に運ぶという1つのパスができました。

中須賀 ── 打ち上げ時の振動やいろんな影響で、衛星はうまく動かなくなる可能性が常にあるわけです。でも、宇宙ステーションの上で動作を確かめてポンと放り出してくれたら確実に動きます。

今は箱に詰めて持っていって、箱のまま「きぼう」*17の暴露部の外に置いて、そこから放出するだけだから、実は宇宙飛行士が関わっていません。ロボットアームを使って操作するだけで、自分の手元でチェックをすることはまだやってくれていないんですね。

山崎 ── やろうと思えばできるのでしょうが、一番のネックがクルーの作業時間でした。ISS自体のメンテナンス、科学実験などが立て込んでいるんですね。1時間なり2時間なり、そのチェック時間を確保するのが、かなり大変なんです。でも、ISSの組み立てが一応終わったので、これからもう少し実験に集中できると思います。

中須賀 ── 宇宙ステーションの中で「ロボコン」をやりたいとか、そんなアイディアもいっぱいあったんだけどね。なかなか実現できないのは、クルータイムを取るのが大変ということなんですね。

つづく

記事提供:テレスコープマガジン

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