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小惑星探査機「はやぶさ」の活躍はまだ記憶に新しい。そのはやぶさを宇宙に送り届けたのは、日本が誇る固体ロケット「M-V」(ミュー・ファイブ)であった。"世界最高性能"とも呼ばれたこのロケットは、コスト高を理由に2006年に廃止されてしまったのだが、現在、その後継として開発が進められているのが「イプシロン」である。プロジェクトマネージャーとしてイプシロンの開発を率いる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森田泰弘教授に、イプシロンとはどんなロケットなのか、今までのロケットとは何が違うのか、詳しく話を伺った。

──今後、大型化する計画はありますか?

実はそういうことも考えています。1段目のSRB-Aを少し改良して大きくすれば、M-Vプラスアルファ級のロケットになるはずです。

今のSRB-Aの推進剤の量は66トンですが、より高密度に充填することで70トンくらいまで増やすことができます。このくらいのことまでは当然やりますが、さらに進めるとなると、モーターケースを大きくする必要が出てきます。1段目の「3割増し計画」とでも言いますか、推進剤を3割増やして推力も3割大きくすると、M-Vの能力を超えます。こうなると、H-IIAに頼ることなく、イプシロンで金星探査機「あかつき」クラスの探査機を上げられるようになります。

希望としては、この大型化も低コスト版イプシロンで同時に実現したいと思っています。大型化と低コスト化が同時に成り立つのかと思われるかもしれませんが、これは可能です。SRB-Aは低コストと先ほど述べましたが、米国のライセンス生産になっているので、その分、値段が高くなっています。あれをIHIエアロスペースの技術で純国産化できれば、さらに低コストになるはずです。

大型化なしの低コスト版では26~27億円くらいになると見積もられていますが、大型化したとしても、30億円は切れます。M-Vは75億円でしたから、半分以下のコストで同等以上の打ち上げ能力ということになり、コストパフォーマンスは劇的に向上します。

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[写真] 金星探査機「あかつき」。当初、M-Vで打ち上げられる計画だったが、その前にM-Vが廃止されたため、代わりにH-IIAが使われることになった。
Credit:JAXA


──イプシロンで宇宙開発、宇宙利用がどう変わっていくでしょうか。

イプシロンでは、打ち上げに関わる全てのもの、つまりライフサイクル全体をコンパクトにしたいと思っています。より高頻度な宇宙利用ができるような世界を構築したい。そのためには運用性と効率性の良いロケットが不可欠で、イプシロンはその第一歩となります。

これからは科学衛星だけでなく、実用衛星や実証衛星、あるいは海外の衛星も頻繁に打ち上げて、宇宙利用の裾野をどんどん広げていきたい。いま宇宙と言うとまだまだ特殊な世界ですが、もっと誰もが宇宙に参加できるような時代にしたいと思っています。

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Profile
森田 泰弘(もりた やすひろ)
昭和33年生まれ。昭和62年、東京大学大学院工学系研究科航空学専門課程博士課程を修了。昭和63年から2年間、カナダ・ブリテッシュ・コロンビア大学客員研究員として、宇宙ステーション用ロボットアームの研究に従事。平成2年、システム研究系助手として旧文部省宇宙科学研究所(現JAXA)に着任。同年、M-Vロケットの開発がスタートし、主にシステム設計や誘導制御系の研究開発を主導する。現在、イプシロンロケットのプロジェクトマネージャーとして我が国の固体ロケット開発をリードするとともに、飛翔工学研究系教授として研究教育に携わる。専門はシステムと制御。

Writer
大塚 実(おおつか みのる)
PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は『人工衛星の"なぜ"を科学する』(アーク出版)、『小惑星探査機「はやぶさ」の超技術』(講談社ブルーバックス)、『宇宙を開く 産業を拓く 日本の宇宙産業Vol.1』『宇宙をつかう くらしが変わる 日本の宇宙産業Vol.2』『技術を育む 人を育てる 日本の宇宙産業Vol.3』(日経BPコンサルティング)など。宇宙作家クラブに所属。
Twitterアカウントは@ots_min


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