テレスコープマガジン

小惑星探査機「はやぶさ」の活躍はまだ記憶に新しい。そのはやぶさを宇宙に送り届けたのは、日本が誇る固体ロケット「M-V」(ミュー・ファイブ)であった。"世界最高性能"とも呼ばれたこのロケットは、コスト高を理由に2006年に廃止されてしまったのだが、現在、その後継として開発が進められているのが「イプシロン」である。プロジェクトマネージャーとしてイプシロンの開発を率いる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森田泰弘教授に、イプシロンとはどんなロケットなのか、今までのロケットとは何が違うのか、詳しく話を伺った。

■失敗ロケット「J-I」と似ている点、全く違う点
──そしてイプシロンの開発が2010年に始まりました。

M-Vが終了してから2010年までの期間は、後継機として次の固体ロケットはどうあるべきか、あるいは将来の再使用型のロケットに向けて今なにをすべきか、という検討に費やされました。いろいろ考えた末に、ようやくできあがったのがイプシロンです。

イプシロンは、地球低軌道に重さ1.2トンの衛星を打ち上げる能力があります。M-Vの1.8トンに比べ、3分の2になってしまいますが、打ち上げコストは75億円から38億円に半減するので、コストパフォーマンスは向上します。

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[写真] イプシロンの飛行イメージ。M-V後継機として開発が進められており、全長24.4m、直径2.5mの3段式ロケットとなる。
Credit:JAXA


──H-IIAとM-Vの技術を組み合わせたのが特徴ですね。

多段式であることが、現代のロケットの基本です。イプシロンも3段式のロケットですが、ここでポイントは、各段ごとに、性能やコストに対する要求が違う、ということになります。

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[写真] H-IIAの両脇に搭載されているのがSRB-A。イプシロンでは、このSRB-Aを1段目として利用する。
Credit:JAXA


1段目はロケットの中で最も大きいために、全体のコストに占める割合が高い。だけど、実はロケットの全体性能に及ぼす影響は、それほど大きくないんです。1段目の性能を頑張って上げたからといって、搭載できる衛星の重量がさほど変わるわけではない。つまりこの部分は、性能を上げようとするよりも、コストを下げることに特化した方がいい。

一方、2段目や3段目といったロケットの上段は全く逆で、コストは比較的小さいですが、性能が少し変わっただけで、ロケット全体の性能は劇的に変わる。なぜ全段固体のM-Vで惑星探査機の打ち上げという、世界的にも例がないことが実現できたのかというと、それは世界最高性能の上段があったから。この部分は安物ではいけない。少しくらい高くなっても、元々が安いので、全体コストへの影響は限定的です。
だからイプシロンでは、1段目に「H-IIA」*2の固体ロケットブースター(SRB-A)を流用してコストダウンを図り、2段目と3段目はM-Vの上段をベースにさらに高性能化して使います。1段目として最適な設計ではないSRB-Aを使うことで損をした分は、上段の性能を上げることで十分挽回できるというのがイプシロンの開発コンセプトです。ロケット全体の重量に対する衛星の重量の割合を「ペイロード比」と言いますが、このペイロード比はM-Vよりも向上しているくらいです。

──製造技術や材料技術の進歩によるところも大きいでしょうか。

そうですね。例えば、M-Vの時代には「これが最高」だと思っていた上段のロケットモーター(固体ロケットでは「エンジン」ではなく、一般に「モーター」と呼ぶ)にも、さらなる改良の余地が見つかりました。推進剤を詰め込むモーターケースは当時からCFRP(炭素繊維強化プラスチック)製でしたが、最新の素材を使うことで軽量化を図り、高圧が不要の新工法により低コスト化も実現しました。現時点で、イプシロンのロケットモーターよりも良いものを作れと言われても難しいですが、5年、10年とたったら、きっとまたできるようになるでしょう。

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[写真] イプシロンの3段目用モーターケース。無加圧の成形方法を採用したことで、高性能化とともに、コストダウンも実現した。
Credit:JAXA


──既存のロケット技術を組み合わせるやり方は、過去にJ-I(1996年に打ち上げられたJ-Iロケット:写真参照)という失敗例がありました。当初はこれと比較する声も聞こえました。

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[写真] 1996年に打ち上げられたJ-Iロケット。H-IIロケットの固体ロケットブースター(SRB)とM-3SIIロケットの上段を組み合わせて開発されたが、1回だけの打ち上げで終了した。
Credit:JAXA


既存技術を活用することで、開発コストを抑えられるというメリットがありますが、もともと違う用途のために作ったものを寄せ集めるのは結構大変です。単純にくっつけただけでは、良いものができません。

確かに、大型ロケットのブースターであるSRB-Aを1段目に使うことには、「大丈夫?」という声がありました。ですが、実はM-Vの初号機が上がる前から次のロケットはどうすべきかという検討は始まっていまして、そこでの答えが、やはり1段目にSRB-Aを使うというものでした。量産されていて安価なSRB-Aを使うのが一番素直だろうと。我々としては抵抗がある話ではなくて、これはもう自明に近かった。

M-Vの1段目は、金属製のモーターケースを使っていましたが、工程が複雑で高コストになっていました。ざっと20億円以上かかっていたのに、SRB-Aなら半分以下になる。これを使わない手はないでしょう。上段については様々な案がありましたが、M-Vの3段目とキックモーター(オプションの4段目として搭載できる小型の固体ロケット)を使うというアイデアは当 時からありました。そういう意味では、イプシロンというのは我々が宇宙研時代に考えていた"M-V後継機"に良く似た機体なんです。

ただ、「J-I」との大きな違いは、ロケット全体のシステム設計をきちんとしている所ですね。全体設計を考えた上で、上段を改良して使っています。J-Iはそうしたシステム設計がゼロでしたので、打ち上げ能力は伸びてこなかったし、運用も複雑になって使いづらいロケットになってしまった。それが、1回の打ち上げで終わってしまった理由ですね。

イプシロンは未来のロケットに向けて、今なにが必要かをきっちり考えて、ロケットの性能だけではなく、ロケットの運用の簡素化にも注力しています。J-Iにはそういう観点はなくて、未来のロケットに向けて準備するどころか、逆に足を引っ張るような存在になってしまった。未来に対する展望やコンセプトが全く無かったというのが、J-Iの失敗の最大の原因と言えるでしょう。

(つづく)

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記事提供:テレスコープマガジン